映画パンフレットレビュー。濱口竜介監督作品『悪は存在しない』

邦画

自然豊かな高原に位置する長野県水挽町(みずびきちょう)にグランピング場を作る計画が持ち上がる。森の環境や町の水源を汚しかねないずさんな計画に町の住人たちは動揺する…

『ドライブ・マイ・カー』で第94回アカデミー賞国際長編映画賞、第74回カンヌ国際映画祭脚本賞を受賞するなど、国際的に高く評価される濱口竜介監督が音楽家・石橋英子とタッグを組み描いた「観る者誰もが無関係でいられなくなる」物語『悪は存在しない』のパンフレットを紹介します!

レンツ
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デザインはシンプルですが(でもオシャレ)、本作『悪は存在しない』の制作過程がわかるドキュメンタリー的な内容の一風変わったパンフレットです!萌えます!

ということで、まずはパンフレット制作に尽力された方々へのリスペクトを込めて、パンフレットの基本情報をどうぞ。

パンフレット基本情報
  • サイズ:178mm × 178mm
  • ページ数:52ページ
  • 編集・執筆:月永理絵(2-5ページ、42-45ページを除く)
  • デザイン:畑ユリエ
  • 写真:福井裕子(8-17ページ、20-23ページ、30ページ)
  • 発行:Incline
  • 発行日:2024年4月26日
  • 定価:1,200円(税込)
パンフレット掲載内容
  • 奇妙で楽しい旅/濱口竜介
  • イントロダクション
  • ストーリー
  • 『悪は存在しない』ができあがるまで/石橋英子(音楽)× 北川善雄(撮影)× 大美賀均(主演)
  • ロケ地紹介
  • キャストインタビュー/西川玲(花役)、小坂竜士(高橋役)、渋谷采郁(黛役)
  • 『悪は存在しない』と『GIFT』の編集をめぐって/濱口竜介(監督)× 山崎梓(編集)
  • 『GIFT』のあと 〜 2024.2.24 京都公演レポート/五所純子(文筆家)
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では、『悪は存在しない』のパンフレットを詳しく見ていきましょう!

デザインレビュー

表紙デザイン

178mm×178mmの正方形のパンフレット。

グレーの背景に『EVIL DOES NOT EXIST』(悪は存在しない)のタイトル。「NOT」だけが赤く強調されてます。

『悪は存在しない』というインパクトのある日本語の作品タイトルだと個人的には思うんですけど、劇中オープニングでのタイトル表示同様、パンフレットでも英文が使われています。海外を意識して作られたのでしょうかね。洋画っぽい雰囲気で、シンプルだけどかっこいい。

裏表紙は『GIFT』。本作はある意味『GIFT』という作品でもあるので、両A面的な意味が含まれているんでしょうね。

レンツ
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パンフレットの表裏とも、背表紙付近にかすれたような加工がされてます。ちょっぴり不穏さを感じさせるデザイン表現がいい!

中面デザイン

白地ベースで文字はすべて黒。細めの明朝体とゴシック体が使われてます。写真はすべて角版。デザインを構成する要素はとてもシンプルです。

写真の入れ方や罫線の入れ方に工夫がみられて、全体的なデザインはシンプルですが、オシャレな雰囲気があります。

文字はやや小さめに感じられますが、行間がしっかりとられているので可読性が高いです。

レンツ
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シンプルではあるけどセンスが感じられるオシャレなデザイン。可読性も高く、クオリティの高いパンフレットデザインですよ!

コンテンツチェック

レンツ
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では、パンフレットに掲載されている内容をピックアップしてレビューしていきますね。

「石橋英子(音楽)× 北川善雄(撮影)× 大美賀均(主演)鼎談」「ロケ地紹介」「キャストインタビュー」「濱口竜介監督 × 山崎梓(編集)対談」「五所純子(文筆家)によるライブレポート」など、内容は充実。本作の制作過程がよくわかる内容になってます。

『悪は存在しない』ができあがるまで/石橋英子(音楽)× 北川善雄(撮影)× 大美賀均(主演)

「『悪は存在しない』ができあがるまで」と題した、石橋英子氏(音楽)と北川善雄氏(撮影)と大美賀均氏(主演)の鼎談。

レンツ
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まさにタイトル通り、本作『悪は存在しない』ができあがるまでのことをお三方が語る、といった鼎談となってますよ。

どのようにして企画が立ち上がり、アイデアを膨らませ、撮影の準備をし、そして撮影されたのか、という制作の流れや、その時々のエピソードを交えて事細かに語られています。

石橋氏と濱口監督とのやりとり、シナハン(シナリオハンティング)でのことや濱口監督ならではの本読みのこと、撮影現場でのことなど、様々な裏話が語られているので、劇中のシーンを思い出しながら読むと、あのシーンの裏ではこんなことが…みたいな楽しみ方ができます。

個人的にまずおもしろかった、というか驚いたのは、石橋氏がライブパフォーマンス用映像(後に『GIFT』というタイトルで完成)の制作を濱口監督にオファーしたことが発端となって、本作『悪は存在しない』が生まれたという点。

つまり、大前提として、ライブパフォーマンス用映像のために映画を撮影したわけなんですよね。映画監督らしい発想だし、なんだか、贅沢(笑)。

あとは元々スタッフだった大美賀均氏が主人公を演じることになった経緯がかなりおもしろかったです。濱口監督は直感というか、その人の雰囲気というものを感じ取る能力に長けているのかなと思えるエピソードで、濱口監督の人となりといいますか、本質のようなものが垣間見られました(高橋役に小坂さんを抜擢したのも濱口監督ならでは)。予算的な都合、ということもありえますが。

他には、薪割りのシーンや、鹿の死骸のショット、森林の中での巧(大美賀均)と花(西川玲)のシーンなど、印象的なシーンの裏話もかなりおもしろかったです。濱口監督ご自身が本パンフレット冒頭で語られてましたが、まさに「行き当たりばったり」なエピソードの数々。小回りのきく現場だったことがよくわかります。そういった意味では、本当に濱口監督がやりたいことすべてが詰まったような作品だったのかなと思いますね。

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本作を解体するかのような鼎談で、とても興味深く読みましたよ!

キャストインタビュー

主人公の娘・花を演じた西川玲(りょう)ちゃん、本作で重要な役割を担ったグランピング場建設の件を住民に説明する会社員・高橋役を演じた小坂竜士氏、黛役を演じた渋谷采郁(あやか)氏ら3人の単独インタビュー。

西川玲ちゃん(花役)インタビュー

オーディションのこと、本読みのこと、好きな場面のことや濱口監督の印象だとか、10歳の子どもらしく、とても可愛い受け答えで微笑ましいです。劇中では年齢より大人びた印象でしたが、このインタビューを読むとあどけなさが感じられて、そのギャップがいい。

本作が映画初出演ということなんですが、そんなことを感じさせないほどの堂々とした演技でした。今後もぜひ俳優さんを続けて欲しいなと思います。

小坂竜士氏(高橋役)インタビュー

本作へのオファーの経緯や薪割りのシーン、そして黛との車内でのシーンについて語られてます。

オファーの経緯では、ご自身のパーソナルなことにまで触れられていて(結構リアル)、濱口監督の作品に、それも重要な役で出演することができてよかったなぁ…なんて、面識ないんだけど何だか嬉しい気持ちになっちゃいました。頑張ってたら何か起こりますね。

薪割りシーンで不安に思っていた点、車内シーンやラストシーンでの濱口監督とのやりとりは、どれも興味深くておもしろかったですよ。

高橋は会社と現場とで板挟みにあったり、感情の振り幅がとても大きくて本作ではいちばん感情移入できるキャラクターだと個人的には思います。その高橋を見事に演じられていた小坂氏の今後にも期待ですね。

渋谷采郁氏(黛役)インタビュー

小坂氏同様に本作へのオファーの経緯、車内や説明会のシーン、そして本読みに関することに言及されています。

車内シーンではどのような準備をして、濱口監督とどのようなやりとりをして臨んだのか、説明会のシーンではどのような思いで、どのような感情で演じたのかなどが語られています。このふたつのシーンは緊張と緩和を見事に表現されているとても大事シーン(僕は好きなシーン)なので、裏話が読めて個人的には嬉しい。

本読みに関することでは、渋谷さんは本読みの効果についてご自身の考えを語っているんですけど、一理あるなと思い、とても興味深く読みました。「読む」練習と「聞く」練習。なるほど。

渋谷さんはゆったりとした誠実な話し方をされるので、その話し方や声を脳内再生させて読むと、なんだから優しい気持ちで読めたりしてよかったです、なんて脱線気味の感想も書いておきますね。

『悪は存在しない』と『GIFT』の編集をめぐって/濱口竜介(監督)× 山崎梓(編集)

本作『悪は存在しない』を編集した濱口監督と石橋英子氏のライブパフォーマンス用映像『GIFT』を編集した山崎梓氏の対談形式のインタビュー。

パンフレット前半に掲載されている石橋英子氏らの鼎談では、企画がスタートしてから『悪は存在しない』が誕生するまでの全体的な制作や撮影の流れが語られていましたが、この対談インタビューは、撮影したひとつの映像素材からどのようにして『悪は存在しない』とライブパフォーマンス用の映像作品『GIFT』のふたつの作品が誕生したのかという、映像編集の技術的なことがかなり詳細に語られています。

濱口監督と山崎氏の編集作業の進め方や『悪は存在しない』と『GIFT』の編集方法の違い、編集作業を進める中で難しかった点や新たな発見などの裏話が山ほど語られています。具体的なシーンを挙げつつ話が展開されるので、とてもわかりやすいし、映像編集に詳しくない僕でも十分に楽しめる内容でした。

僕がいちばん印象的だったのは、映像作品を作るためには「物語が必要」であったり、「素材映像から得られるものの大きさ」を感じたというところ(濱口監督は「素材と仲良くなる」と表現されていた。なるほど。)

濱口監督と山崎氏のインタビューを読むと、とにかく素材映像(使われなかったテイクやNGシーンも含めて)の重要性を感じます。そこから受け取るものが多いんでしょうね。映像制作のプロの言葉なので、かなり真実味がありますよね。

ちなみに『悪は存在しない』にあるショットが『GIFT』には無かったり、逆に『GIFT』にあるけど『悪は存在しない』にはないショットがあるらしいですよ。

『悪は存在しない』と『GIFT』にはいったいどのような違いがあるのか、無音映像として作られた『GIFT』が生の音楽と融合することによってどのような見え方になるのか、めちゃくちゃ興味があります。ライブDVDみたいなのが発売されないかしら。

と、同時に、ライブパフォーマンス用映像と映画を同時に世の中に出しちゃう濱口竜介監督の凄さよ、凄みよ。恐れ入ります。

全体的にクリエイティブに関することに言及されているので、映像制作に携わってる方、または映像制作に興味のある方にとっては特に有益な対談インタビューだと感じました。もちろん映画好きの方にとっても、ね。

『GIFT』のあと 〜 2024.2.24 京都公演レポート/五所純子(文筆家)

とてもドラマチックな文章で、小説を読んでいるかのような物語性を感じる五所純子氏のライブレポート。

『GIFT』と石橋英子氏の演奏の融合が、五所氏のフィルターを通して語られているわけですけど、幻想的な空間を想像させる臨場感のある文章で、『悪は存在しない』を観た者としてはライブを観に行きたくなりましたよ(掲載されているライブ中の幻想的なカットも素敵)。

『悪は存在しない』と『GIFT』のどちらを先に観るべきか、ということが書かれていますが、僕はもうすでに『悪は存在しない』を観てしまっているので、『GIFT』を先に観ることはできないけど、個人的には『悪は存在しない』→『GIFT』の方が楽しめるような気がします。ストーリーを知ってからの方が映像も音楽も落ち着いて楽しめるんじゃないですかね。

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五所氏のライブレポートを読んで、『GIFT』がより観たくなりましたよ。

総評

シンプルではあるけどセンスが感じられるオシャレなデザイン。そして本作が誕生するまでの流れを追うドキュメンタリーのような、ガイドブック的な一風変わった内容のパンフレット。

鼎談や対談、そしてインタビューと、関係者の生の声が聞ける(読める)ので、とても真実味があるし読みごたえがあります。

特に映像制作などのクリエイティブなことに興味のある方にとってはたまらない内容ではないかと。

お金を出して買う価値は十分すぎるほどにありますよ。

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これが1,200円(税込)で購入できるとは!お買い得!

本作に興味を持った方や、映画製作や映像制作に興味のある方に、自信をもってオススメできるパンフレットです。

そして何より本作『悪は存在しない』を気に入ったそこのあなた、絶対に買ったほうがいいですよ。

レンツ

映画大好き(おじさん)デザイナー。1男1女の4人家族の細大黒柱。オールタイムベスト映画はトレインスポッティング(1996)、ブレードランナー(1982)、ファーゴ(1996)。甘いラブストーリーはちょっと苦手。

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