映画パンフレットレビュー。第96回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞受賞作品『マリウポリの20日間』

洋画

ロシアによる侵攻を受けたウクライナ東部の都市・マリウポリで、戦火に晒された人々の惨状を命がけで撮影し、決死の脱出劇の末に世界へと発信された奇跡の映像記録。第96回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞受賞。

国際紛争の取材を10年近く経験したAP通信記者・ミスティスラフ・チェルノフ(本作の監督)と取材チームが命がけで撮影した映像記録を映画化したドキュメンタリー『マリウポリの20日間』のパンフレットを紹介します!

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内容が濃ゆいパンフレット。萌えます!

ということで、まずはパンフレット制作に尽力された方々へのリスペクトを込めて、パンフレットの基本情報をどうぞ。

パンフレット基本情報
  • サイズ:210mm × 148mm(A5横型)
  • ページ数:24ページ
  • 発行:株式会社シンカ
  • 字幕翻訳:安本煕生
  • 編集:中川慧輔(SYNCA)
  • デザイン:成田祐人(SYNCA design)
  • 発行日:2024年4月26日
  • 定価:990円(税込)
パンフレット掲載内容
  • 第96回アカデミー賞授賞式コメント/ミスティスラフ・チェルノフ監督
  • INTRODUCTION
  • STAFF
  • DIRECTOR’S STATEMENT(監督メッセージ)
  • コラム/佐々木俊尚(作家・ジャーナリスト)
  • コラム/森達也(映画監督・作家)
  • コラム/廣瀬陽子(慶應義塾大学教授)
  • コラム/阿部芳彦(ウクライナ研究会会長・神戸学院大学教授)
  • コラム/山崎雅弘(戦史・紛争史研究家)
  • REVIEW
  • AWARDS
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では、『マリウポリの20日間』のパンフレットを詳しく見ていきましょう!

デザインレビュー

表紙デザイン

A4サイズ、横型のパンフレット。

グレーっぽいスモーキーな色味の背景の上に英語で「20 DAYS IN MARIUPOL」の文字。

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実にシンプルな表紙デザイン!

内容がシビアな作品なので、このようなシンプルなデザインが正解かもしれないですね。

中面デザイン

表紙同様、デザイン的な遊びは無く、文字が中心のデザイン。

表紙の裏面(表2)と、裏表紙の裏面(表3)に全面カラー写真が使われていますが、他のページは1色(黒)で構成。文字は明朝体とゴシック体がほぼ同じくらいの割合で使われてます。写真はすべて角版。

劇中のカットは数点しか掲載されてなく、ほぼ文字要素で構成されてます。文字要素は多いですが行間はしっかりと確保されているので、読みやすいですよ。

正直言って、デザインらしいデザインは施されてませんが、戦争という辛い現実を扱った内容なので、デザインがシンプルになるのは致し方ないところ。

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デザインはシンプルでやや地味ではありますが、作品の内容を考えると納得のデザインだと思いますよ。

コンテンツチェック

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では、パンフレットに掲載されている内容をピックアップしてレビューしていきますね。

「ミスティスラフ・チェルノフ監督のアカデミー賞授賞式でのコメント」「ミスティスラフ・チェルノフ監督寄稿」「コラム(5本)」などなど、ロシア・ウクライナ戦争やマリウポリの惨状に関するシビアな内容になってます。

ミスティスラフ・チェルノフ監督寄稿

「DIRECTOR’S STATEMENT(声明)」としてカテゴライズされたミスティスラフ・チェルノフ監督の寄稿。

ミスティスラフ・チェルノフ監督が、マリウポリでの撮影中に目にした惨状や、その時の感情や不安などを詳細に伝える臨場感にあふれる…臨場感という言葉が軽く感じてしまうくらいリアリティのある言葉が6ページにもわたって掲載されています。

開戦当初の様子、ロシアの戦争のやり方、多くの人間の死、医療従事者の奮闘、不安定な通信、プロパガンダ、空爆された産科病院、決死の脱出劇などなど、本編をなぞるような形で、日付とマリウポリの惨状がより詳細に記されてます。

本編の映像があまりにも衝撃的過ぎて、字幕を読んではいたものの詳細の記憶が曖昧になっていた私としては、マリウポリの惨状をあらためて知ることができたので(思い出すことができたので)、監督の寄稿はとてもありがたかったです。と同時に、本編でダメージを喰らった僕としてはさらにダメージを喰らうことに。

産科病院への空爆が本作で、この戦争で、もっとも衝撃的で悲劇的な殺戮だと個人的には思ってます。

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命が生まれる場所で命を奪うなんて、人間のやることじゃない!

担架に運ばれる妊婦の姿は本編映像に映し出されていたけど、パンフレットでもその映像のカットが掲載されてます。そして妊婦のその後にも言及されてます。

本編終盤の脱出劇。画面から伝わる緊迫感を思い起こさせるリアリティにあふれる文章で、読みながら本編映像がオーバーラップしました。

ミスティスラフ・チェルノフ監督ら撮影チームを逃すために病院へやってきたウクライナ兵士とのやりとり、匿ってくれていた医師たちや逃げることができない人たちを置いて脱出するときのやるせない気持ち、そして検問所通過の緊迫感。読むだけで苦しくなります。

本編映像にはなかったエピソードも数多く書かれていて、僕たち観客が目にしたマリウポリの惨状は、ごく一部の事実でしかないんだろうなと思いました。

このミスティスラフ・チェルノフ監督の寄稿を読めただけでもこのパンフレットを買った意味、価値があると思いました。彼らのおかげでマリウポリでは何が起きていたのかが白日の元に晒されたわけで、彼らにはリスペクトしかありません。

5本のコラム

24ページほどのパンフレットでコラムが5本というのは、映画パンフレットの寄稿本数としては多いですね。

佐々木俊尚氏コラム

「当事者視点」のカメラで突きつけられる戦争の苦痛と悲哀、と題した作家でジャーナリストである佐々木俊尚氏のコラム。

本作を監督し撮影したミスティスラフ・チェルノフ氏の経歴、FPS(ファーストパーソン・シューティングゲーム)に例えたチェルノフ氏の撮影、そして緊迫の脱出劇など、主にチェルノフ氏について言及されてます。

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特にFPSのくだりはとても納得感がありましたよ。

ちなみにFPSとは、操作するキャラクターの視点に没入して敵と戦うゲームのジャンルのこと。有名なところでは「Apex Legends(エーペックスレジェンズ)」。

本編映像を観ているときは、あまりの衝撃的な映像の数々に圧倒され、完全に没入してしまい気にはしてなかったんですが、手持ちカメラで撮影された「当事者視点」の映像だからこそ、僕たち観る者に誠実に、深く突き刺さったのかもしれないですね。佐々木氏のコラムを読んでハッと気付かされました。

森達也氏コラム

戦争は爆発ではなく静寂から始まる、と題した映画監督で作家の森達也氏のコラム。

森氏は映画監督でメディア側の人間なので、本作をどのように見ているのか、とても興味深く読みました。

戦争を映しているのになぜ本作は静謐なのか、メディアのメカニズム(これはとてもわかりやすくてなるほど!と思った)、戦争の動機など、まさに「戦争」というものに触れられた寄稿です。

確かにメディアはインパクトのある映像を流す(今で言うところのキリトリに近いもの)。けど、戦争って一日中ドンパチやってるわけではなく、日常生活の中に突如戦争が入り込んでくるんですよね。「戦争は爆発ではなく静寂から始まる」は言い得て妙かと。本作を見れば、確かに僕らの日常の、世界の延長線上に戦争があることがわかります。

森氏のコラムを読んで、戦争が身近にあることをあらためて気付かされました。

廣瀬陽子氏コラム

世界が知るべき戦争のリアル、と題した慶應義塾大学教授の廣瀬陽子氏による寄稿。

開戦後、ワイドショーなどのコメンテーターとして、テレビで見ない日はないというくらいに出演していた廣瀬氏のコラムです。顔を見ればすぐに思い出す方は多いんじゃないでしょうか。

テレビでのコメント同様、とても落ち着いた雰囲気の文章で、戦争の実情をフラットに言及してくれてます。

戦争のリアルを突きつけてきた本作のこと、フェイクニュースのこと、メディアリテラシー、ウクライナの紛争の歴史、我々ができること、マリウポリ復興の影響などが2ページにわたって展開されます。

特に「フェイクニュース」や「メディアリテラシー」への言及が印象的でした。何が真実で何がフェイクなのか。ロシアの主張はほぼほぼフェイクの可能性が高い(マリウポリに関することは特に)と思うけど、ウクライナの主張はすべて真実なのか、ウクライナ国民の主張はすべて真実なのか、実は微妙なところがあると個人的には思う。

廣瀬氏も言及してましたが、攻撃を受けた張本人が現状を正しく判断できるものなのかは怪しいし、パニック状態で現状を見誤る可能性は大いにあるはずなんですよね。だからこそ、僕たちはフェイクなのか、ただの見誤りなのか、真実なのか、リアルを見分ける力が必要になってくる。「メディアリテラシー」の能力を上げる必要があるんです。

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短絡的に判断しないで、正しい情報を選択できるように、そして真実を掴めるように努力しないとですね!

廣瀬氏のコラムは、戦争の辛い現実を語りつつも、我々が何を感じとり、どのような行動を取るべきなのかといったことを提示してくれてるように、個人的には感じました。

岡部芳彦氏コラム

真実を残す勇気、真実を見る勇気、と題したウクライナ研究会会長で神戸学院大学教授の岡部芳彦氏による寄稿。

2009年から13年まで、ご自身がウクライナのドネツク州で活動していたこともあってか(マリウポリはドネツク州の港湾都市)、パンフレットに寄稿した他の方々よりも感傷的な文章に感じました。

パンフレットの原稿依頼が来たものの、なかなか見る勇気が出ず、本作を見ることができたのは締め切り当日だったというくらいですからね。岡部氏の心中を察するに余りあります。

ミスティスラフ・チェルノフ監督が真実を残した行動はとても勇気がいること。と同時に残した真実をしっかりと見る勇気も必要。知っている顔が映っている可能性がある本作を、勇気を出して観た岡部氏の覚悟が感じられました。

本作に登場する2人の妊婦のことや、再建が進んでいるマリウポリの住民の今の声などについて言及されているけど、どれもすべて勇気を出して掴み取った映像記録があったからこそ知ることができたわけで。

誰しもにすすめられるような作品ではないですが(鑑賞後は気持ちが落ちるので)、心が整っている方はこの貴重な映像を勇気を出して観てほしいなと、岡部氏のコラムを読んで思いました。

山崎雅弘氏コラム

映像記録がえぐり出す戦時下の実相、と題した戦史・紛争史研究家の山崎雅弘氏による寄稿。

不条理な戦争に巻き込まれる市民の絶望的な状況や傷ついた市民を救うために奮闘する医療従事者の姿など、『マリウポリの20日間』の映像記録の生々しさを伝えつつ、ジャーナリストをリスペクトした内容になってます。

戦史や紛争史を専門とする山崎氏らしく、マリウポリが狙われた理由やロシアの戦い方など、この戦争の流れなどがとてもわかりやすく書かれています。

山崎氏はこの映像記録を見て、「市民の命や暮らしを蹂躙する戦争」という表現を使っていたけど、この「蹂躙」という言葉がこれほど当てはまるものはないと思いましたよ。

被人道的なロシアのやり方に怒りが湧いてくるし、そして同時にこの惨状を映像記録として残してくれたミスティスラフ・チェルノフ監督ら撮影チームにあらためて敬意を表したいと思います。

総評

非常に内容の濃いパンフレット。先ほど少し書きましたが、ミスティスラフ・チェルノフ監督の寄稿を読めただけでもパンフレットを購入した価値があります。

衝撃映像ばかりなので、苦手な方は無理して観る必要はないと個人的には思います。が、パンフレットは購入することを強くおすすめします。真実を目にしなくても、真実を知る必要はあると思います。

お金を出して買う価値は十分すぎるほどにあるパンフレットです。

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これが990円(税込)で購入できるとは!お買い得!

廣瀬氏や岡部氏のコラムにも書いてありますが、ロシアはマリウポリを復興のシンボルにするようです。つまり、戦争の跡を消し去るということ。あの惨状を無かったことにするということ。

ロシアが何を言おうとも、この作品、この映像が真実です。

ロシア・ウクライナ戦争の真実を知りたい方、そして本作『マリウポリの20日間』を観たそこのあなた、このパンフレットは絶対に買ったほうがいいですよ。いや、買うべきです。

レンツ

映画大好き(おじさん)デザイナー。1男1女の4人家族の細大黒柱。オールタイムベスト映画はトレインスポッティング(1996)、ブレードランナー(1982)、ファーゴ(1996)。甘いラブストーリーはちょっと苦手。

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